「傷痕と果実」20181014
剣術道場の門下生兼さん×師の娘国広♀
支援者に嫁ぐ事になった国広が兼定に破瓜をせがんで…?というお話のサンプルです。半分まで掲載。
オフライン情報はこちらからどうぞ。
【壱】
夏の稽古終わりは手拭いを絞っても絞っても汗が垂れる。頭から水をかぶったところで内側から止めどなく噴き出すのだから、もうどうとでもなれと道着から両腕を出した半裸でどっかりと縁側に座り込んだ。
剣の腕は確かなのにそれ以外に難が多いと師が指摘するのはこういうところなのだろうと和泉守兼定は思う。剣客といえど教養や礼儀作法、人格も問われる昨今、兼定のここ一番で堪えどころのない短気な性分は個性とも短所とも言われた。
それでもこの暑さの中、誰より稽古に打ち込む姿は短所を補うほど評価されているのだが。
ジワジワと蝉が鳴く中庭は暑さで景色が歪んで見える。「陽炎と言うんですよ」と少し得意げな調子で言うあいつの姿が浮かんだ。
この暑さの中で闇雲に刀を振るっても効果がないと、合理的な師が門下生一同を昼前に解散させたそんな日に兼定が構わず素振りに勤しむのには理由があった。
――娘さん、結婚するんだと。
今朝交わされたほんの世間話の一つが、寝耳に水な兼定の思考を停止させた。
数えで十五になる師の一人娘が支援者に嫁ぐらしい。体のいい政略結婚。誰もがそう連想したが、もしかすると一目惚れからトントン拍子にことが進んだ可能性もある。勝手な憶測は慎むべきだ。そう言い聞かせながら振るう太刀は鈍く、澱んでいた。
「精が出ますね」
背後から切り分けた瓜を乗せた盆を手にした国広がひょっこり顔を出した。
「もう切り上げる。暑くて話にならねえ」
「ねぇ。この暑さは心の持ちようなんて言えないですね、流石に」
師である父親の口癖をなぞりながら苦笑した国広は懐から手拭いを出すと、兼定のこめかみから顎にかけての汗にトンと押し当てた。自身も使用したのだろうか。手拭いから汗でも、ましてや花の匂いでもない、形容し難い不思議な甘い匂いがして、兼定はムッと考え込むように無意識に眉根を寄せた。
「ああっ、ごめんなさい」
恐らく体臭で不快にさせたと勘違いし手を引っ込めた国広から無言で手拭いを取り上げた兼定は、大仰なほどに顔をゴシゴシ拭き、何事も無かったかのように絞り上げると、吸水量を超えた汗がドボドボと地面に垂れて、思わず「汚ぇな」と自分の発汗に呆れてしまい国広の笑いを誘った。
「頑張ってる証拠ですよ」
何の躊躇もなく汗で汚れた手拭いを受け取る国広の柔らかな眼差しが何故か直視出来ず、誤魔化すように瓜にむしゃぶりつく。笑みを浮かべる国広は育ち盛りの子どもでも見つめるようだ。
「なあ」
ペッとそこら辺に種を吐き出す兼定を咎める事もなく国広は「うん?」と首を傾げた。
「あんた、結婚するんだって?」
僅かに。しかし確かに、単なる与太話の最中であれば気づかないであろう程度に国広の表情が曇る。
不用意にかさぶたに触れたような居た堪れなさに場が停滞した。
「……そっか。知ってたんだ」
呆気なく認められてしまった。
馬鹿だろうが、ほんの少し、何かの間違いである事を期待していた。国広がなんの冗談かと笑い飛ばすような。そんな夢を、見ていた。
「オメデトーゴザイマス」
そのかしこまった祝言は抑揚が皆無で心などまるでこもっていないものだから、言われた国広は口をあんぐり呆気にとられた後、クスクスと笑って悪戯っぽく「もう〜」と腕をペチンと叩いた。
兼定の心がざわめく。
二人して何事も無かったのように振舞っているが、兼定と国広がこうやって言葉を交わすのは実に八年ぶりなのだ。
まだ性の意識のない童の頃は共に物の道理も分からず戯れあい走り回ったりもしたが、次第に互いの立場を、性を理解していくうちにいつしか距離ができていた。
けれど、そんな距離を、実際に戯れあった期間を優に超える八年という月日を、国広の自然な動作は一瞬で飛び越えてしまう。
思い知るより他のない兼定の無言に国広は少し困った顔をして、手を引いた。
「背が、伸びましたね」
絞り出すような涙声に驚いて顔を向けると、国広は微笑みながら気丈に続けた。
「腕も太く、硬くなって。驚いてしまいました。こんな……」
語尾が消えていく。
「知らなかった。こんなに……」
大きな大きな丸い碧色の瞳が滲んで、涙と一緒にボロンと零れ落ちそうだ。本気で心配して掌で掬うように、無意識に指が涙袋に触れた途端、落涙した。
そんな顔をするな。
無論、心中の声など届きはしない。だから国広の涙は止まらない。子どもが駄々をこねてしゃくりあげるのとは違う静かな涙は小手先の慰めでは止まらない。
どうすればいい。オレがどうしてやれる。
涙を拭う時に触れた頬があまりにも柔らかくて怖気付く。こんなにも知らない体であっただろうか。
「和泉守さん」
少し掠れた声の色香に惑うより前に、単純に驚く。今、腕の中にいるか弱い存在の体の小ささに。力などいれたらたちまち折れてしまうだろう。
「僕の殻を砕いて」
いつからだろう。蝉の鳴く声も陽炎も感覚から消えていたのは。
気付けばただ、目の前に居る、ずっと好きだった女の唇の艶だけを見つめていた。
【弐】
当主である師以外男子禁制の奥の一室。
白い寝間着で姿勢良く座る国広と向き合いながら、今日が自分の命日かもしれないと兼定は思った。
おぼこの国広を見初め、手付かずで娶る事にした支援者とやらはおそらくこの瞬間の為に事を進めているのだ。今日でなくとも、バレたが最後良くて破門といったところか。
――もしもの時は必ず、オレに脅されたと言うこと。
これが兼定の出した条件だった。
国広は了承した。とはいえ、いざとなったら反故にするのは明白なので、兼定は未だに踏ん切りがついていない。
股引一枚で胡座をかき、腕を組み考え込む兼定を前に国広は語り出した。
「相手の顔もまだ知らなくて。良い人だとは聞いたんですが、歳も二十以上離れているそうで」
良い人が親子ほど年の離れた生娘と一方的に婚約などするものかと言いたいのを堪える。
短気な兼定がよくも我慢出来たものだが、健気にも「父は世渡りが上手い方では無いですから」と、結局話を断りきれなかった師を庇う姿は憐れにも気丈にも見えて感じ入った。父娘にも言い分というものがあろう。
「そこまで覚悟しといて破瓜を企てるとは度胸があるねえ。せめてもの抵抗ってやつか」
国広はほくそ笑んだように見えた。
「和泉守さんだってありますよ、度胸」
「似た者同士か。そういやガキの頃はあんたとんでもなくお転婆で、オレは暫く男だと思っていた」
「父にも窘められたなぁ。自分が負けず嫌いだと思った事はあまりないんですけど、剣劇でも木登りでも、置いていかれたくなかったんですよね」
「へぇ」
「けれど」
俯き影ができたその顔には寂しさも清々しさも存在した。
「僕、女なんですよ」
帯が緩み、襟元が弛む。胸元がほんの少し、影が確認出来る程度に露わになっただけで、昼間懐から出した手拭いと同じ匂いが鼻を掠めた。
もうすぐ日が暮れる。
師が数名の門人を連れて出稽古に行く時期を見計らい訪ねて来る事を指定されたのだが、敢えて人払いをしたとはいえ警護の者すら居らず不用心だと所感を述べると「じゃあ朝まで和泉守さんが護ってくれますね」と平然と微笑んでいるのだから、国広は本気だ。今晩兼定と同衾する。そう強く秘めて握った拳が膝の上でわなないている。
「夜明けと共にオレたちは他人だ」
兼定も覚悟を決めた。
【参】
国広がまだ五つになったばかりの頃、木登りで足を踏み外し地面に胸を打ちつけた事があった。大した高さでは無かったし当の本人もけろっとしていたが、何せ心臓のある位置だったから気が気でなく、子供ながらに心配し、見せてみろと強引に道着を捲ると、痣がじわっと広がっていて青ざめたのを覚えている。オレがけしかけたわけでもない単なる事故だが、万が一このせいで国広が傷物と扱われるのならば自分が責任を取らないといけないと見当違いな腹を括ったものだ。
当時鈍い赤紫色が滲んでいた真っ平らはもうどこにもなかった。
「変、かもしれないけど。見逃してね」
代わりに、ずらした衿の内側には左右でやや外向きについた膨らみと、その先にちょんと乗った丸めの粒が存在した。
乳嘴に向かって発達したような乳房にはまだ全体的な丸みは無い。
兼定は女の象徴ともいえる乳房の存在以上に、布一枚捲っただけで現れた白皙の美しさに驚いていた。普段露出している顔や手の色は二人とも対して変わりはしないのに、隠れている部分だけが陶器のようにきめ細かく、特殊な化粧を施したかのごとく細やかな金箔を散らしたように光がちらついて映る。
「……凄えな」
思わず漏れた感嘆の声がどうとでも取れる意味合いを含んでいたせいで、国広はさっと両腕を抱えるように隠してしまう。
「なんでだ。見せてくれ」
「だって、異様なものを見る目をしていたから」
「見惚れていただけだ」
「う、上手いように言うんだから……」
満更でもない照れ臭そうな表情をして再び腕を広げた国広は案外丸め込まれやすい質なのかもしれない。
今度は両肩を掴んで、じっと真正面から注視した。はっきりとしたくびれのない少年の胴体に、絞った粘土を後からくっ付けたようなほんのりとした膨らみ、それに白皙と、不均衡としか思えない因子が調和しているのが不思議だ。乳輪は肌の色を一層だけ濃くしたような淡い色調で境目が分かり難く、男の兼定と似たような色合いだと思った。先端の粒も心許ない小ささで、目の見えぬ乳児は果たしてこれに気づくのだろうかと要らぬ心配までする。
不意に掌で全体を包むように抑えたが、国広は特に驚きもせず、医者に触診されるようジッとしている。意外なのはふんわりとした見た目と違い、触ると硬い点で、初々しい果実の出来たてを連想させた。まだ青いといったところか。
そういえば、と尋ねてみる。
「ここは痛まないか?」
左胸、鎖骨の少し下を圧すも国広は不思議そうに首を傾げるだけだ。
十年も前の事を覚えているのはオレだけか。
「そこは特に。でも、先っちょの方はたまに痛くて」
これも意外だった。ただの柔らかな膨らみに見えるが、男には分からない悩みを含んでいるのだ。成長痛のようなものらしいが、痣が消えたようにこの痛みも早く消えてやればいいのにと願う。
「お転婆だったあんたもすっかり女だ」
「……国広です」
「うん?」
「あんたじゃなくて、国広っていいます。僕」
常に朗らかにころころと笑う国広が、初めて不満げにむくれた顔を見せた。軽率だろうが極自然に心に浮かんだ。可愛い、と。
「ブスッとすんなよ。お前こそ妙にかしこまりやがって。何なんだよ『和泉守さん』て。笑わせんじゃねえぞ」
実際に語尾になるにつれて笑いが混じってしまった。二人してずっと寸劇を演じているような不自然さを纏っていたが、その緊張が解けた反動で今更可笑しくなってきた。何なのだ『和泉守さん』とは。『あんた』とは。
「だ、だって、久々に話すからなんて呼べばいいのか分からなくて」
「お前は舌ったらずで和泉守とも兼定ともろくに言えなかったなぁ、そういや」
和泉守と呼ぼうとすれば『いじゅみのかみ』、兼定と呼ぼうとすれば『かねしゃだ』となり、思うよう発音出来ずに困惑し眉を寄せて口をへの字にする当時の国広が如何に愛らしかったか懇々と語りたいものだが、赤面で「わぁ〜」と兼定の口を押さえてきた今の国広もなかなか可愛らしいので堪忍してやろう。
「……国広」
久々に呼ぶとくすぐったい。こんな事で感激して瞳を潤ませている国広の髪をクシャクシャにして誤魔化す。
――八年。
心に蓋をして敢えてこの名を口にしていなかったし、姿もなるべく目に入れないよう努めた。その反動か解禁した途端に実物の国広に扇情が止まない。今も髪の柔らかさに内心ひどく動揺している。引き寄せて頬擦りしたい衝動を抑えなければ。
一方、されるがままの国広は、俯いたまま辛い出来事を語るように呟いた。
「……『兼さん』て呼ばれてたね。この間」
そこそこ良い感じの雰囲気だったのに、唐突に何の事か分からない話を切り出されて、置いていきぼりを食らう心境で兼定はポカンと口を開けた。
「赤い紅を差した、簪の似合う。綺麗な人だね。い、和泉守さんの、好い人……かな」
赤面が一転、青ざめていく。心なしか体も震えている。
「い、いいけど。別に、僕に言わなくても。いいけど、いい……けど」
どう見ても良くなさそうだと冷静に思考しつつ、茶化す空気ではないので、せめてもと震える肩に衿を戻してやるも、それが誤りだった。兼定を白けさせたと勘違いした国広の瞳からは前兆もなく大粒の涙がボロボロ零れ落ち、繰り返し「ごめんなさい、ごめんなさい」と悪事を暴かれた子どものように謝罪する姿は痛々しくて見るに耐えない。
「何を謝る。オレは何も気にしちゃいねえ」
「だって、僕は卑怯だ。貴方に好い人が居ると知っていながら誘惑して。望まない結婚をするって知ったら同情してくれるって事まで解ってたんだから」
兼定の背筋がヒヤリとした。
「お前は、望んでいないのか」
無意識に、つい口を滑らせたのだろう。明らかに動揺している国広が息を呑んだ。これ以上の本音を引き出すと、国広の均衡は崩れてしまうかもしれない。
――何も聞かなかったことにする。
言葉に出さずとも、国広の髪を優しく撫でた兼定の手の温もりがそう物語った。応えるように、国広も謝罪をグッと堪えて小さく頷く。
「けれど、これだけは言わせてくれ」
力強い口調に身構える。今の国広は非常に脆い存在だ。
「オレにそんな奴ぁ居ねぇ。検討もつかねえ」
おそらく国広は門人の連れか近所の商売女かに揶揄われている兼定を偶然見かけて勘違いしたのだろう。
「……うん」
素直に納得したように見えるが、優しい嘘と捉えているのかもしれない。歯痒い。馬鹿と怒鳴りつけてやりたくすらある。情欲を理性で抑え付けてまで大事に想っている相手に真情が伝わらない事に大袈裟に無力感すら抱く。
「馬鹿だね、僕は。和泉守さんが覚えてすらない事を引きずって、勝手に……嫉妬して」
「嫉妬?」
「だって、僕だって……。呼びたくて……」
震えるままの、手が、兼定の手の甲に重なる。早鐘を打つ鼓動が伝染して、兼定も息を呑む。零れ落ちそうなほど大きな瞳に自分が映っている。吸い込まれそうだ。
「……兼さん」
たったそれだけを発して息絶えるように項垂れた国広が、気付いたら背中から崩れ落ち、布団に滅茶苦茶な皺が寄っている。息苦しく目を瞑るも、必死に布団を手繰って耐えている。兼定の唇が国広の小さな舌を引きずり出すように唾液ごと啜りあげていた。
「兼さん、兼さんっ。はふっ……うぅ」
懸命に自分を呼ぶ愛しい唇の隙間に舌を挿し込み、食べ尽くすように貪る。どんな果肉とも違う甘美な食感に夢中になってしまう。突き出させた舌先を唇で挟んで、口内で吸いながら上下に舐め回すと、紅潮した国広の吐息と共に漏れ出た唾液が顎に伝う。それを拭いもせずに、ちゃんと口を開けて、ちゃんと舌を突き出す。その事に直向きに集中して尽くす国広が堪らなかった。
「これが口吸いってんだ」
息継ぎの合間に解説してやると、涎まみれのままで素直に「そうなんだ」と感心する。自分がどんな風になっているか気づいていないのだろう。トロンと潤んだ瞳、涙と涎がぐちゃぐちゃな上気した頬、好きに吸われっぱなしで赤くなった下唇が中央だけぷくっと腫れている。従順と色香、健全と淫らが混在する国広の顔はひたすらに幸福そうだった。
「顔が近くって緊張しちゃう。ほら、心臓が、ドクドクって」
自然に手を左胸に引き寄せる。これでなんの下心も無いのだから参る。薄い皮膚越しの律動が兼定の胸を焦がし、ため息に変える。
「お前はオレを責めるがよぉ」
「せ、責めてるわけじゃ」
「お前だって覚えちゃいねぇ事があるんだぜ。オレの気も知らないで」
白皙を撫ぜる。
「木から落ちてここを打ち付けてよぉ。五つん時だったか。もし痣が残ったまんまだったらオレが責任を取らなきゃならねぇって、今日見るまで思ってたんだぜ」
国広は目をパチクリ固まっている。全く記憶にないのだろう。無理もない。オレ自身どうしてこんな事をずっと覚えていたか分からない。ただ、女の体に傷がつくことに怖れを抱いた初めての出来事だったのは確かだ。
――女の体。
責任を取るから傷つけても構わない。逆説的に国広が嫁ぎ先でそう扱われてしまうのではないか。杞憂に終わればいいのだが、もし、万が一、そうなったのなら、その時はオレが責任を取る。兼定の胸に物騒ともいえる熱く堅い誓いが新たに生まれていた。
「そんな事、忘れちゃってたよ。なんだあ」
当時を思い返しているからか、国広の眼差しがやや幼く映る。しかし、『痛みなど引きずるより忘れてしまえる方が良い』といった旨を口にした兼定をジッと見つめた後、悪戯っぽく笑った顔は幼さと一転、妙に艶を纏っていた。
「こっそり痣つけてきちゃえばよかった」
唖然とした。
ほんの思い出話のつもりが、感傷を引きずるまいと最後の一夜に賭ける国広の古傷を掘り返した。今頃それに気付いたのだ。
あの痣がまだこの胸にあれば、二人の、国広の今は違っていたのか。否、なのだろう。それでも、もしも、の話などすべきではなかったと兼定は自己嫌悪で肩を落とした。
「あーあ、落ち込んじゃって。よしよし」
見透かしている国広は、傷があったかもしれない膨らみに兼定の頭を引き寄せて優しく撫でる。大丈夫大丈夫と繰り返されながら感じる白皙の温もりと鼓動に、勝手に許された気がして兼定はますます自分が忌々しくなる。
「気にしてくれていたんだね。ありがとう」
何でもないように振る舞う国広のしたたかさが美しく、胸に迫る。責任を取るなど大口を叩きながら、今から自分がすることは国広に傷をつける行為なのだ。
怖い。
女の体に傷がつく事への怖れが蘇る。
国広はそれすらも分かってしまうのだろう。目一杯に、窒息させるほど胸に兼定を抱き、訴えた。
「今度は忘れられない位、傷つけてね」
小さな、まだ硬い青い果実に顔を埋めながら、兼定が確かに頷いた。
ちゃんと、傷つけると誓う。と。
【肆】
まだ性差が然程強調されていない上半身に比べて、裾をたくし上げて現れた両脚は足首はキュッと細まり、太腿はむっちりと肉の柔らかさと張りを主張していて、腰に巻きついた帯の上下で不釣り合いにも思えるのだが、いざ丸裸に剥くと青い果実としての国広が完成しているのだから神秘的だ。腰回りが露わになるとこうも印象が違うのか。
何も身につけず、手持ち無沙汰にソワソワする国広は繰り返し「変かも」と不安がっている。どうやら太腿の狭間の茂みが異質なのではないかと疑っているようだ。
「はぁ。国広も大人になったんだなあ」
兼定が感服した恥毛は初潮を前後して生えてきたらしく、まだまばらで、誰に見せるわけでもなく知識もないせいで毛先が揃っていない。こなれていないうぶなほとの肉厚な割れ目は、初めて対面する兼定に緊張して無意識にキュッと縮まり、影で見えにくい。尻の下に手を入れて腰が浮く程持ち上げると、会陰から尻の割れ目に向かっても薄っすら薄っすら猫のような柔らかな毛が微かに確認出来た。おそらく世界でただ一人この毛の存在を知り、背徳感と、それから何故か罪悪感とが兼定をハラハラさせた。一方、国広本人は尻の穴を見られてすら羞恥より不安が勝るようで「ねぇ、変じゃない?」とまだごちゃごちゃ尋ねている。
「よく分かんねえが、こんなもんじゃねえのか?」
「分からないの?」
「分かんねえよ、女の股なんざ今初めて見たんだから」
「ええっ! 嘘っ!」
「ほら、オレもこんなだし変わんねえだろ」
同じように生え揃った茂みを見せて安心させようと股引をずり下げるも、興味津々の国広が身を乗り出してきたので腰が引いてしまう。
「ほんとだ。兼さんの方がちょっと濃いのかな。でも綺麗」
息がかかる距離で兼定の恥毛を観察する国広は無邪気で参る。一応湯屋で毛先を揃えては来たのだが、いざ褒められるとそれはそれで違和感だ。
困惑する兼定を尻目に前触れも躊躇もなく男根の茎の部分をツンとつつく国広に流石に「おい!」と声が上がった。
「痛かった? ごめんね」
「いや、その程度じゃ痛みはねぇけど」
「そっかぁ。でも、兼さんのここ、意外だね。赤ちゃんみたい」
「はあ?」
国広曰く、毛穴がなくツルツルですべすべで赤ん坊のように無垢に見えるのだそうだ。生娘が実物の男根を前に醜怪だと怖がらずに、むしろ可愛いなどと評してはしゃいでいるのだから国広の感性はやや風変わりなのかもしれない。
「……今度はお前の番」
察しの良い国広が手際よく寝転び開帳するも、ほとの肉厚に埋もれて状態がよく分からない。唯一露出しているのは割れ目の始まりで薄皮から頭だけ出している血ぶくれた種のようなものだが、兼定にはそれが何なのか知識がなかった。しかし、位置や色や形から男でいう陰茎のような器官ではないかと推察した。仮に包皮から亀頭が見えている状態なら闇雲に弄っては痛い思いをさせてしまう。
「ここ、指で開けてもいいか?」
「うん。好きにして」
やはり羞恥よりもキチンと性交出来るかの方が気がかりなようで、国広はしっかり確認出来るように出来る限り股を広げて様子を伺っている。焦らせて劣情を煽るなどの駆け引きは、こと国広には無縁らしい。
押しつぶさないように慎重に指の腹を使って花唇を覗き見る。
瞬間、呼吸を忘れた。瞬きも忘れた。
ひだを少しずらした。その程度の違いなのに、芳醇な濃い匂いと共に現れた内側の桃色に絶句するしかなかった。
桃色。
そう、桃色としか言いようがない。頬紅よりは自然で薄く、それでいて内臓の毒々しさの手前の色。艶々の桃色の花びらがまだ隠れていたのだ。
息を呑む兼定の反応を捉えあぐねる国広がつられて息を呑み、絞り出すように「兼さん?」とだけ問いかけた。想像以上の醜怪さに言葉を失っているのだと誤解している国広を早く安心させなければいけないが、囚われて体が動かない。一言だけを絞り出す。
「すごく、綺麗だ」
咄嗟に閉じようとした足を兼定が押さえつける。
今更。本当に今更。理解して口から心臓が出そうになる。誰にも見せた事がない秘処の全てを、菊座まで明け透けにして、むしろ何故自分はその感情を抱かなかったのか。
国広は初めて羞恥で紅潮した。
「い、いやっ。嘘っ。汚いよ。だって、し、小水が出るところだよ」
「そりゃあ、そうかもしれねえが。本当に綺麗なんだよ。お前だってオレのを可愛いだとか言ってただろうが」
半信半疑の国広が訝しんだ眼差しを向けてくる。
本心を疑われる不愉快さと、国広にそのつもりはなくとも自分の感性や情愛を否定されたような怒りや口惜しさで、悲しみや苛立ちがごちゃまぜになった兼定はつい発してしまった。
「……やめちまうか」
抵抗していた手足が糸が切れたようにだらりと垂れ、一瞬で国広の存在感が失せた。
「ごめんなさい。する……から。なんでも。だから」
叱責されて縮こまる子どもの懺悔のようだ。
畜生、つられて泣きそうになる。
「……極端なんだよ、お前って」
ぎゅっと擦り合わせた太股を撫ぜる。
ともすればそれが謝る態度かと逆上されて然る程の小さい声で「ごめん」と呟く。「いいの」とすべてを許してしまう国広は母のようにも姉のようにも見える笑みを涙目と一緒に浮かべていた。
急に顔を近づけても、もう怖気付かない。兼定を写す大きな碧色は、舌の裏にねっとり舌を這われてビックリするまでずっと、すべてを見届けるようにじっとしていた。
オレたちは良くない事を覚えてしまった。
百の言葉より、一つの口づけでほだされてしまう。そういう楽な方法を覚えてしまった。
舌は意外に細やかに動く。上顎をこちょこちょされた国広が目を蕩けさせて涎にまみれた「だめ」を繰り返したが、手は兼定の背中に回っていて、説得力は無かった。口の中の粘膜を舌で舐めまわされるだけで、どんなひどいことも許してしまいそうな程、国広は溺れていた。
「ここ、触ってみろ」
手を引き、国広自身の指で花びらを触らせてみる。今むしゃぶりついていた口の中と同じ障壁のないツヤツヤの粘膜に少し驚いていた。
「下の方に窪んでるところがあって、多分それが孔なんだけど、逸物が入ると思えねぇんだよな」
念の為仄暗いその孔に小指を這わせて確認したが、小指の先でさえ肉で押し返される状態で、体格が一回り以上大きい兼定の陰茎を挿れるなんて事をしたら、裂けてしまうのではないかと真面目に危惧した。
「む、無理に挿れちゃってもいいよ」
「ちっとも良くねえ。ほら、背中向けろ」
有耶無耶にされる事を恐れる国広は鈍々と不安げに兼定に背を向けた。
癖毛が頸に当たって跳ねている襟足。表と同様、白皙が続く背。肉があまりついておらず、肩甲骨も然程出張っていない為真っ平らだが、薄っすら見える頚椎が色気として強調を加えているのだから不思議だ。
小っこくて薄い。
国広の肩を揉みながら抱いた兼定の感想だが、長身の兼定から見れば大概の女が小さいのだから当然だ。けれど、単なる質量ではない小ささ、儚さのようなものを国広からは感じ取れる。
「兼さんの手、熱い。ふふ」
「こうやって体を温めてほぐしていけば柔らかくなんねぇかなって」
「そう、だね。今は体に力入っちゃってるかも」
筋に沿って絶妙の力加減で揉みほぐされ、心地良さげに瞼を閉じた国広の肩の力が自然と抜ける。呼吸も深く安定してきた。
「ね……ちゃう、かも。はふ」
「ははっ。布団かけてやるよ」
「……やだ。するんだもん。最後まで。兼さんと……」
「そうだな。二人で快くなろう」
気を張り詰めていた反動か、うつらうつらと若干甘えた口調で呼ばれた名前は幼い時と同じ舌ったらずで、懐かしさに胸がキュッと窄まる。
「すき」
言ったそばから、キョトンとしている。呆気にとられたのはこちらの方だと言いたい。言いたい、が。
覚えたばかりの良くない事をまたしてしまった。
背後から少し無理をした角度での口づけに、名残惜しそうに国広が舌を出した。
【伍】
摩擦を軽減させる為に塗りたくった椿油が柔肌でぬらついている。
悠長に戯れていたせいで外はすっかり帳が落ちて、今は行燈の光の揺らめきに照らされながら見つめ合っているものの、「二人で快くなろう」に感極まった国広が抱きついて口吸いをなかなかやめず、その間は体にすら触れなくて参った。落ち着くと、より素直に兼定の言う事を聞くようになり、お利口に布団の上で寝そべり兼定にすべてを委ねるようにはなったのだが。
節がはっきりした兼定の長い指を内から外に滑らせると、血行が良くなるからかしっとりと潤いが増してきた。奉仕する兼定もされる国広も同じように汗だくなので、途中で水を二杯飲んだのだが、まだ何も成し遂げていないのに変にやり遂げた風な余裕が生まれて、二人して妙だと笑ってしまった。八年間、目も合わせずすれ違っていた二人だが、今や双子のようだ。
「だいぶ温まってきたようだな」
「うん。ポカポカするよ。後で兼さんにもやってあげる」
されるばかりが性に合わない国広は幾度となく同じように兼定を摩ろうと指を伸ばして跳ね除けられている。
「でも、まだ硬いかもなあ」
腋の下から腰のくびれにかけてを横幅を掴むように上から下に擦りながら、兼定はまだ国広の体が開ききってないと感じていた。女の無意識な抵抗感や不安が肉の盾となり孔の始まりを塞いでいるのだとしたら、理屈ではなく体そのものを納得させる安心感を与えなければならない。兼定は短気ではあるが馬鹿ではない。国広の緊張をほぐすための施しは一切苦ではなかった。
「あのさ、兼さん。言いづらいんだけど。その……」
語尾を濁す国広の唇にすぐにちゅっと吸い付いた。言葉より如実に「大丈夫」と伝わるだろう。
「やっぱり僕の胸、小さくてつまらないかなあ」
単なる引け目ではない国広なりの気になることがあった。
「だって、兼さん。胸……触らないよね」
肋骨を外に外に開くように摩られているが、二つの膨らみは避けられてるとしか思えない程触れられず、まだ滑りの油すらつけられていない青い果実は切なそうにツンと拗ねている。兼定としてはたまに痛くなると聞いていたので気を使ったつもりだが、存外寂しくさせてしまったようだ。
胸元に垂らした油を下乳の陰影に沿って横に伸ばす。先程触れた乳房は未熟な果実だった。痛い記憶を残さな
【以下、同人誌本編に続く】
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