「まぁこの赤はオレのが似合うな」171002〜
・遠征先で子供に好かれる国広と拗ねる兼さんの小話

「お侍さん、お礼にこれをあげる」
遠征先の任務を終えて帰路に着く為に踵を返した堀川の裾を掴んだ少女が簪の乗った手の平を差し出す。
畑を荒らす害獣の駆除など異形の者との戦いに比べ造作も無かったが、この地に生きる者たちにとっては直接生命を脅かす害獣の方が余程恐怖と悩みの種らしい。
「おっ、良いもんくれるじゃねえか」
「兼さん悪いよこんな良い物」
赤い花簪に共に振り返った和泉守が上機嫌で手を伸ばすと反射的に背後に隠されてしまった。
「こ、これは洋装のお侍さんに…」
任に就いた部隊への礼かと思いきや、名指しされた堀川はえ?僕に?と驚く。和泉守の眉間が歪む。
その表情から心中を察した堀川は不味いなこれはとその場をどう繕うべきか頭を回転させたが、間も無く和泉守は良かったなあお侍さん!と棘のある台詞を残して立ち去ってしまった。やっぱり拗ねてると呆れつつ、状況についていけず戸惑う少女にごめんねと微笑む。
「どうして僕に?」
「お侍さんがうちの猫の仇をとってくれたからよ」
どうやら堀川が討った猪が少女の仇だったらしい。兼さんに譲れば良かったなぁと思いつつ、そんな想定は不可能なのは分かっている。
「だから、お礼。ありがとう」
微笑みながら手に握らされた花簪に恐縮しながらも気持ちとして受け取る事にした。
「どういたしまして。…えっと、さっき僕と一緒に居た髪の長い羽織を着た人なんだけど…」
少女の気持ちを無碍にせず、和泉守の機嫌を取ろうと模索する自分は狡いと堀川も自覚しつつ打診してみる。
「彼にあげちゃ駄目かな」
「駄目よぅ。私は貴方にあげたのよ」
少女の主張は尤もだ。
礼の品の横流しなど不誠実極まりない。気を悪くして然るべき問いかけだ。
そりゃそうだとごめんねと謝り、受け取った簪を前髪の分け目に沿って翳し、使い所を考えてみる。
「僕は髪が短いからどうしようかな」
美しい細工に対して女物だなんだという抵抗は無いので純粋に綺麗だなぁと眺める。
赤いつまみ細工は和泉守の黒く艶のある長い髪に合うだろうなぁと自然と頭の中で組み合わせてしまう。
「男の人は困ってしまうかしら。じゃあねぇ…」
おいでおいでの仕草に引き寄せられ、腰を屈ませた堀川の耳元で少女は小声で囁く。

***

「兼さんお待たせ」
「遅ぇよお侍さん」
先に帰ったとはいえ、ほんの十数メートル先の岩場に腰掛けて待っていた和泉守は未だに拗ねているようで、堀川は一周して笑いそうになってしまう。
大人気ない性分というより、堀川に慰めて欲しい、気持ちに寄り添って欲しいという主張がこうさせているのだから厄介どころか可愛いものだ。
「兼さんそのまま」
腰掛けた和泉守を覗き込む形で中腰の堀川が顔を近づける。
唇でも触れるのではと内心胸が高鳴る和泉守の気を知ってか知らずか、堀川は和泉守のこめかみの髪を耳に掬いやっぱりここかなぁと潜思し、ポケットから取り出した花簪を髪に絡まないように差し込んだ。
「うん、やっぱり兼さんの髪に似合うね」
「何だよこれ」
「さっき貰った花簪。兼さんにあげる」
「そうじゃなくて、あのガキは手前にやるっつったじゃねえか。オレが貰えるかよ」
堀川と少女のやりとりを影から聞き耳を立てていたのだろう。不実をするなと怒る和泉守はこう見えて律儀なのだ。
叱られながら兼さんのこういうところ好きだなぁとついつい目尻が下がり、聞いてんのかと更に睨まれてしまう。大丈夫だよと手を取り、立ち上がる和泉守を見上げていつもの視点から安心したように微笑む堀川に少女の耳打ちが思い返される。
「あげていいんだって」
「嘘つけ言って無かっただろ」
これはどうやら終始聞き耳を立てていたなとその姿を想像し、吹き出してしまう。お前なあと声を上げるのを制止して少女の言葉を再現する。
「お侍さんの好い人にならあげていいわよ、だってさ!」
だからあげるっと言い逃げするように駆けて行った後ろ姿は照れ隠しのようで、堀川には珍しい態度で。
呆気にとられた和泉守は口を開けたまま立ち尽くしてしまった。
そっと堀川が差した簪に触れながら、身嗜み用に持っていた手鏡を取り出し覗いてみる。
こりゃあ女子供が着けるもんだろと渋りながら。
「まぁこの赤はオレのが似合うな」
ご満悦の和泉守の黒髪が風に綺麗になびいた。

【了】


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