R-18「愛してるなんて二度と思うな」170915〜
・堀川国広の「告白」を受ける和泉守兼定の「罪」についてを考える

告白とは本来ー少なくともオレたちが振るわれていた頃ーは己が内を打ち明けて罪の赦しを求める行為であり、恋愛感情の吐露では無かったはずだが。オレたち刀が去った時代から少しずつ言葉はその意味を変えてきたのか。
頭を下げ、目に涙を浮かべ唇を震わせている相棒を見ながら和泉守は思った。
――一世一代の告白
なんだろうな、と。

ごめんなさいと何度も繰り返しながら、畳に額を擦り付ける光景は単純に厭だった。見ていて気持ち良いものではない。
けれどそれをすぐに止めなかったのは堀川の意思を鑑みようとしたからだ。
何故、こんなことをするのか。されているのか。
理解はー現時点ではー出来ないが、気の済むまでやればいい。相棒の頑なな一面を知る和泉守はそう思った。

任務から帰還後、共に自室に戻り羽織を脱ぎ、帯を緩め袴を脱ごうとしているその時、背後で膝から崩れ落ちる音と気配がして。どうしたと振り返ると土下座の状態で謝罪が始まったのだ。
「貴方のことを愛してしまいました」
本来ならこの言葉の続きには、告げられた者への要求や願望があるはずだが、堀川にはそれは無かった。
ただ、繰り返しごめんなさいと泣いている。
誰への、何の謝罪なのか。或いはそもそも謝罪なのか。
いや、謝罪ではない。
前述通りあれは告白だった。
ならばこの言葉を続けられるのは和泉守しか居ないのだろう。
「どうして謝る」
何に対して頭を下げる必要があるのか。そんな姿を自分に見せるのか。堀川の望みを淡々と、冷静に探っていく。
「オレのことを…。愛しているのは、お前にとっていけないことなのか」
「はい」
即答だった。
「何故だ」
「無かったものが、有るようになってしまった…んだ」
さっぱり分からなかった。
問答は得意じゃねえぞ、と軽く笑って下げた頭を撫でる。許可されたかのようにゆっくり頭を上げた国広は一息だけ深呼吸し、続けた。
「必要とされる限り、兼さんと一緒に戦いたい。
でも、それはこの気持ちに気づいてしまった事で叶わなくなってしまった。僕らは…僕はその瞬間からそう願えなくなってしまった」
それは、いつものように討伐後にやったねと声をかけた瞬間だったと堀川は語る。
「その時見た兼さんの横顔が、知らない顔をしていて。
でも兼さんが変わったわけじゃなくて、僕が変わったことに気づいた時に、この感情が愛だと知ってしまった」
和泉守が一度、瞬きをする。
「愛って綺麗で純粋な言葉に聞こえるね。ううん、違うんだ。そういうんじゃなくて、僕は、もっと下卑た欲に落ちていくんだ」
例えば、と呟くと目が潤んだ。
「常に焦燥がやまないのを理由に、解放されたくて兼さんで、け…懸想したり…」
息切れしてそのまま卒倒するのではないかと思うほどの熱と鼓動の熱さ速さが堀川の口から漏れる。
「オレたちは人の身を得たんだ。腹が減り、眠くなるようにそういう欲があっても構やしねえだろ」
和泉守は冷静だ。
言ってはならないと念頭に置きつつ、正直この程度のことがなんだというのだと思う。
何故なら二人はすでに肉体関係においても契りを交わしているのだ。
抱いた、抱かれた者同士が今更自慰のダシに使われたところで驚くはずもなく、想像で位自由にすれば良いのにいやに操を立てるのだなと感心する。
「別に良くねえか?愛なんつーもんが情交の先やら後やらに引っ付いてこようが」
変わりゃしないだろと続けようとして、ふと口をつぐむ。
先程堀川は確かに言ったのだ。
――変わったことに気づいた
と。
ならば、和泉守だけが変わっていないだけなのだろうか。それとも気づいていないだけか。
さておき、考えを改める必要があると和泉守は切り替えた。自分にとってなんの変化もなくたわいのない事であろうが相棒は不憫なほどに身を縮めて告白してきたのだ。
和泉守はその答えを出さねばならない。
告白、委ねられた罪への救済の有無を権力を持つ絶対者として降す。それが与えられた役割だ。
この間際に来て和泉守はだんだんと理解してきた。
堀川はこんなことを望んでいなかった。だからこその謝罪なのだと。

初めて堀川を抱いた日を思い出す。堀川のいう愛なんてものは知らない、考えたことはないが、その時はただただ自然に成り行きに任せてそうなったのだ。
状況がそうさせたのか、それすら定かではないが、知りもしないはずの過程がまるで体に染み付いているかのように滞りなく進んでいったことを覚えている。
和泉守は組み敷くという構図からは堀川を抱いたが、同時に抱かれてたし、堀川も同様だった。
あくまで二人は対等な関係で結ばれた。
前の主の腰に下げられていた時と同じ。どちらが上でも下でもない。対等で、そこに在るだけの二人だった。
それが今やこのザマだ。
語る堀川と語られる和泉守。
二人はたった今、対等で無くなった。
降す側となった和泉守は結論を出す。
「聞かなかったことにする」
立ち上がり、羽織を直す。
「え…」
堀川はその背を見つめ愕然とした。
「悪いが、オレにはよく分からねえ。今までと何が違うのか、変わる必要があるのか。だから、今まで通りで構やしねえ」
そのままの動作で長着の袖を襷掛けし、肩から前に流した髪を結い、股引きといういつもの格好になる。
「それじゃいけないか?」
――いつも通り
和泉守が望んだものはそれだった。
「無かったことにするってこと?」
「そうなるかな」
襖越しの日差しが二人にあたって影を落とす。まだ真昼だ。
「何も変わらなくていいと」
「いいんだよ。お前はそのままで」
青い電気石が深く沈んでいくのに誰も気づかない。
いつもの柔和な笑みに戻った堀川がそっかぁと呟くと和泉守も憑き物は落ちたかと安心した。
あの光景は無かったのだ。
そうすることにしたのだから。
「ねぇ、兼さん」
正座からよいしょと腰をあげて、普段着の和泉守の腕に触れて見つめる。
「また僕を抱いてくれる?」
疑問符に他意は無い。
元々成り行きで、しかし自然な形として体を重ねた二人だが、和泉守は堀川に欲情した自覚など無かった。
対外的に見ればそうなのだろうが、そうなるべく機会に堀川が居て、そうあるべき形で解消しあった。それだけだと思っていた。
だから答えはこうだ。
「その時が来ればそうなるんじゃねえか」
今まで通り。
来るべき時に来る、あるべき事象。
和泉守はその流れというものを信じていたし、それで良いと思っていた。
堀川もそうあれと思い視線を向ける。
「兼さんは知らないんだね」
それは確かに笑顔だった。
「心と体は別物なんだよ」

青い電気石は沈んで沈んで、ゴトンと落ちた。

***

いつも通りのあるべき姿。
それを望んだはずなのに。
目の前に敷かれた布団に横たわる相棒の目は虚ろで、唇はひび割れて顔色は蒼白だった。

あの日から、みるみると堀川は衰弱していった。
何かの病かと審神者や医療に心得のある刀たちが手を尽くしたが、結果は心因性と落ち着いた。
ようするに原因不明だ。
審神者があれはまずいと危機感を露わにする。
付喪神である刀剣男士たちは魂の依り代を審神者の手により与えられた。ゆえにその魂が人の身としての生存を望まない場合は審神者とて手の施しようが無い。
何があったと和泉守は問われたが、例の告白については口外出来ない。
あれはもう無かったことなのだ。
しかし、勿論あの告白が無関係なわけがない。
和泉守は絶対者としての選択を見誤り、堀川を救えなかったのだ。
――どうして
本気でそう思った。
「オレが…。オレがお前をそうさせちまったのか?」
両手で包むように握った手には力がなく爪の縦筋が目立つ。
潤いと艶をなくしたパサパサの髪。二重の線だけはやたらくっくり浮き上がり、伏せた長い睫毛の影が白眼に落ち虚ろな瞳は捉えどころがない。ひび割れた唇が薄く半開きになり、口内が乾いている。血の気が引いた色をした顔、手に青白い血管が浮いていて、生気のない磁器人形のようだ。
「少し、疲れただけだから」
大丈夫と言いたいのだろうが、手を握り返すどころか口角すら上がらない。
「どうすりゃいい。どうしてほしい」
ただ、元通りの、世話焼きで心配性で常に走り回っているような国広に戻って欲しかった。
突き放したわけではなく、本気で救済足り得ると信じていたのだ。
「無かったことなんてのが、お前にとって辛いなら。いいよ、そのまま愛せばいい」
だから、と声を詰まらせる和泉守はキツく目を閉じて握った手に顔を寄せた。
「兼さん」
口が乾いて上手く喋れない。
それでも水を含ませてほしいなんて要求は出なくて。
「僕、刀に戻りたいな」
それがどんな意味を持つのか。
先程の審神者の言葉通りだ。
「土方さんに帯刀されて、使われていたあの頃の僕らに戻りたい」
「国広…それは…」
「なんにも知らない、あの頃の、ただの刀だった僕に」
乾いた眼球からは涙など出るわけもないのに。
和泉守は泣くなよと堀川の顔を引き寄せた。

***

オレたちは銃も砲も無い戦場で誰より強く、美しく咲く華が自身だと自負していた。
オレたちは大と小だがどちらが主役ではなく、オレたち二人が主役で、対等な存在だと、そう思っていた。

お前だってそうだと信じていたのに。
なんでお前はオレを。

***

「昨日よぉ、夢を見たんだが」
痺れて固まった堀川の手の平をほぐしながら和泉守が話しかけた。
「聞いたことがないかも、兼さんの夢の話なんて」
体が弱ってはいるが、思考は鮮明な堀川はゆっくりながらも会話に入る。
「悪いもんじゃ無かったぜ」
手が終わり、布団をめくり足を摩る。
「痛いか?」
膝から脛を強く擦ると堀川は顔をしかめた。
「そりゃ良かった。神経が生きてる証拠だ」
ニッと悪戯っぽい笑みを浮かべた和泉守は上機嫌にも見える。そんなに良い夢を見たのだろうか。
「早く元気になれよ」
慈しむような声色だった。
「…いつも通りに?」
表情少なげな堀川が自嘲気味に呟く。
「……恨んでるか。オレを」
「まさか。言ったでしょう」
続く言葉は無い。口にしてはいけない不文律が二人に沈黙をもたらす。
堀川の全身を摩り、撫で、体の反応を確認した和泉守はよしと納得し、着替えの為に堀川の背を起こしてやった。
「早く装備して出陣出来るようにならねえとな」
髪は梳かし、顔も体も拭いて美しく整えて。生気のない表情以外は弱々しいが無事ではあるのだ。
気持ちさえ、心さえ立て直せばきっとまた共に戦えると和泉守は信じている。
「うん、早く良くならないと」
堀川も望んでこうなったわけではないのだ。
心と体、刀と人の身の狭間で均衡が保てずこうはなってしまったが、本当は堀川自身が誰より立ち上がりたい。だからこそそれが叶わぬ不甲斐なさや苛立ちが先日の死を連想させる願いに繋がった。
「また、戦いたい。兼さんと。だって、僕は…」
昂ぶる感情が喉に引っかかりゴホゴホと蒸せる。
「焦んなよ。ほら、水」
渡された水飲みを受け取ると乾燥した喉に流し込む。
ゴクッゴクッと波打つ音が堀川の喉から響いているのは不思議だった。いつもならあり得ない所作だ。
和泉守はその様を何故か凝視していた。
水飲みの縁に舌が沿って、飲み零した雫が唇から顎、顎から首筋に伝う。
礼儀正しい堀川がそれを御構い無しに喉を鳴らし、潤いを欲す。
目で追っていた雫は一本の筋となって鎖骨に大胆に流れて、窪みに少しだけ詰まったのちに胸を濡らした。
はぁと満足そうに息をつくと、上気した?から口周りを前腕で拭い、最後にペロリと唇を舌舐めずりする。
伏せ目がちなまま行われた一連の動作だったが、それを見つめる視線に気づくと、もうおしまいとばかりにニコリと口角を上げてみせた。
和泉守は自身の喉がゴクリと鳴ったことに気付いたと同時に、無かったものが有るという感覚を知った。
水を飲む。
ありふれたその行為によって火はついた。
「やっと、お前が言っていた事が解った気がしたぜ国広」
感情が消えた目つきの和泉守の口元だけが動く。
「無かったものが、有るようになってしまったら。それに気付いてしまったら。無かったことにするなんて無理だな。そりゃそうだ」
禅問答のような言い回しは珍しく、堀川は無言で見つめた。
「やっと、お前が言っていた事が解った気がしたぜ国広」
感情が消えた目つきの和泉守の口元だけが動く。
「無かったものが、有るようになってしまったら。それに気付いてしまったら。無かったことにするなんて無理だな。そりゃそうだ」
禅問答のような言い回しは珍しく、堀川は無言で見つめた。
無理やり膝を畳んだまま押し付けられた上半身が圧迫で息苦しい。なに?なに?と戸惑う堀川の寝巻きの帯から下だけを剥ぎ取るように乱して、脚を露わにさせる。本来直接空気に触れることのない太ももが微かに震える。
寒さだけではない、何をされるか読めない恐ろしさが堀川を身震いさせている。
「兼さん、なに?」
制しはしないがその行き先だけは尋ねずにいられない堀川の困惑を和泉守は無視する。
右手で向かった奥側にあたる堀川の左太ももの外側を掴んだ和泉守の前腕が堀川の膝裏をさらに上半身に押し付けるように重みを増す。
支給されている西洋下着が腰に向かい皺を作る。
苦しい。腹筋に強制的に力が入り、両肩が浮く。弱った体にかけられる負荷に堀川は眉根を寄せる。息遣いはふぅふぅと口を窄める形で腹から逃している。
苦渋の顔つきに構うことなく、和泉守は露わになった下半身に唯一残った下着のゴムに指を這わせてそのまま局部から太ももにずり上げた。
局部が空気に晒されて冷やりと体が震える。堀川は未だに事態が掴めないが、もしかしてと複数の想定を巡らせた。
――その時が来たら
憂虞と期待のどちらもが堀川の鼓動を速くする。押さえつけられた太ももの内側がじりりと擦り付け合う。
もし、そうなら早く。早く触れてほしい。
「ねぇ、も…」
目を潤ませる堀川の膝裏を押し付ける腕を右から左に変え、堀川の視点からは背を向ける形になった和泉守がふぅと深呼吸をして空になった右手を振り被る。
堀川の待ち望み、ねだる声色を空中を切る音が遮る。
――バシィッッッッ
い゛っと歯を食いしばった堀川の露出した尻の皮膚に指が食い込む。
急な衝撃に堀川は目を白黒させ、食いしばった歯を隙間から見せる唇もつられて跳ねた肩もガタガタと震えだした。真っ赤に刻まれた尻の皮膚は和泉守の指に張り付くようにしっとりと汗をかく。
ありったけの力で尻を叩かれた。
それは確かだが、何故?と思考が追いつかない事が堀川を恐怖させる。
つい、やめてやめてと叩く手を押さえつける腕を制止しようと両手を伸ばすが、逆効果で更に抑え込む左腕に力を込められた。
自分の膝が鎖骨下にくっつくほど折り曲げられた堀川の下半身は更に浮き上がり、尻の空気に触れる面積も増える。
間髪入れずにバシッバシッと二度張り手を刻まれる。
「い、いやっ」
和泉守の手中から逃れるように上半身を横向きに捻り、布団の外へ必死で手繰るが、四つん這いにすらなる前に腹部を抱きかかえられ胡座を組んだ上でうつ伏せに押し付けられた。
お辞儀をし、膝を折り尻だけ突き出す屈辱的な姿勢を強制された堀川の上気した?に涙が一筋流れる。
なすがままに晒された尻たぶを和泉守は割れ目が揃うように摘んで、離して、掌底で撫でて。ピタリと止まったと思うと指の根元から先までをゆっくりと這わせる。
位置決めをしているような仕草に、頭が上がらないように頸を左手で押さえつけられた堀川は静かに泣いて大人しく口を噤んだ。
「オレたちは共に戦う華だった」
張り手を続けていた和泉守が沈黙を破る。
「互いが互いを補い高め合う、対等な存在」
頭上から溢れるその音を堀川は無言で浴びる。
「でも、それは夢だった」
振りかぶった右手が乾いた空気を裂くように尻を打つ。堪え切れないくぐもったが堀川の喉から漏れる。
「お前の告白が、オレたちをそうさせた」
淡々とした口調で張り手を尻に刻む。大きな和泉守の手の平型に赤い跡が浮いて、何度も叩き刻まれた部分は腫れ上がってきた。
痛みはだんだんと麻痺して鈍くなってきた気もするが、それでも衝撃を受けるたびに体は反応したし声もあっ、うっと漏れた。
ジンジンと熱を持った断続的な痛みに耐えながら、堀川は自身が受けている仕打ちを他人事のように俯瞰で見ているような錯覚に陥る。現実逃避でもあったが、和泉守が意味もなくこんな事をするはずがなく、何より自分の先日の告白が起因だと気付いたからだ。
自分が和泉守をこうさせたのか。
赤く腫れているのは叩かれた尻だけではない。体勢的に確認はしようがないが、叩いている和泉守の手の平もきっとそうなのだ。
「無かったことには出来ない。もうあの頃になんか戻れるわけがない」
腫れた尻を鷲掴みにして割れ目を広げるように形を崩す和泉守の手先は弄ぶようにも見える。
空気に触れた蕾がヒクッと脈打つ。
「兼さん…?」
「なら、無くなるまで刻んでやる」
皮膚から離れた右手の平が一際強烈に叩きつけられる。
意識を手放しかねない衝撃に堀川はぎゃっと呻いて、目からは自然にボロボロと涙が溢れた。
痛い。痛い。痛い。
それだけが脳内でこだまする。
「愛してるなんて二度と思うな」
朦朧とする意識の中で和泉守の言葉がその裏を読み取ることもなく、そのまま素直に耳に入ってくる。
二度と愛するな。
強烈な拒絶の言葉が聞こえてきて、堀川は無意識に呟いた。
「…ごめんなさい」
それが合図のようにまた平手が叩きつけられる。
喉の奥底から声なき音が漏れて、舌が根元から吐き出すように露出する。犬のように舌を出してぜぇはぁと必死に呼吸する堀川の精神はすでにここには無いように見えるが、打たれた直後に再びごめんなさいと呟く姿は悪さをして仕置きされている子供と重なった。
「まだ言うか」
バシンッとまた一発。
「お前があんな事を思わなければ、言わなければオレたちは」
二発、三発と連続して打たれるが、もう反射的に腰が浮き上がることもなく、堀川はただただ折檻に耐える小さな存在としてそこに居た。
「オレたちはっ」
痛みで支配された体と乖離した堀川の意識が和泉守の声の震えを捉えた。
「…ごめんなさい」
無言で手を打ち付ける和泉守はどんな顔をしているのだろうか。
痛いばかりで気づかなかった胸の奥から湧き上がるチクチクとした熱さがなんなのか、堀川は少しずつ理解してきた。
ごめんなさい。バシッ。
ごめんなさい。バシッ。
ごめんなさい。バシッ。
繰り返される様式は、きっとあの日自分が望んでいたことで。
それに気付いた堀川は熱く零れ出る涙で顔を濡らして、しゃくりあげながら謝罪を繰り返してこう結ぶ。
「ごめんなさい、兼さん。愛してます」
小さな小さな、消え入りそうな声も、間髪入れず叩き潰される音で打ち消される。
その度に、うっと歯を食いしばり、吐き出しそうな気持ち悪さに耐え、それでも堀川は言葉を発する事をやめなかった。
「好き、好き…兼さん、好き。大好き。と、止まらないのっ。あっあっあっ。好きっ。愛してる」
言葉通り止まらない告白に和泉守は躊躇なく張り手を刻む。
「何よがってんだよ。痛くねえと意味無いだろうが」
苦しみの息遣いに甘い吐息が混ざることを許さない和泉守の手が閉じた足を開かせ、隠されていた陰茎の先端が濡れている事を指摘する。
それでも羞恥より満ち足りていく心が自分を包み込んでいることを堀川ははっきりと自覚していた。
「ごめんなさいっごめんなさいっ」
両手を祈るように組み合わせて額に押し付けながら発せられる言葉は謝罪であると同時に告白であった。
あの日、二人の関係をもう元通りにすることは出来ないと承知しながら堀川は頭を下げた。
告げる者と告げられる者。
罪を犯した者とそれを白状される絶対者。
告白は二人の立場を明確に分け隔てた。
無かったものが有るようになってしまった、それに気付いてしまった堀川は無い事になど出来ないと観念し、和泉守にその罪を打ち明けた。
その瞬間、相棒として並び立つことを堀川は捨てたのだ。
そして、それを許して欲しくは無かった。
捨てようが無い劣情と愛情を有ると知った上で許さないでいてほしかった。
和泉守だけがこの罪を許さないでいてくれれば。そう願ってしまった。
並び立つ二人を裏切った堀川の罪を責め立ててくれるのは和泉守だけだと信じていた。
「兼さん、好きっ好きっ」
止まらない感情が先端からも溢れる。
「悦ぶなっ!」
ぎゅっと根元を握られて、ああっと悲鳴とも嬌声ともとれる声が震える膝と共に揺れる。
「ごめん…なさい…」
所在を託した絶対者に与えられる罰は心地良かった。
罪悪感と反比例して淫らに変化していく息遣いや中心が、腫れた皮膚が感覚をなくしていくのが心地よかった。
「もうこっちだって感覚無いんだぞ」
右手をひらひら払いながらそう呟く和泉守は笑っているような気もしたけれど、堀川からはやっぱり見えはしない。
「行くぞ」
うんと頷いた後に尻に受けた平手打ちで堀川は達した。
力が抜けた堀川は和泉守の胡座の上でうつ伏せのままだらんと放心している。
白濁が和泉守の股引きを汚したが、気を留めるわけでもなく、はぁーと深く息を吐いて手を後ろに倒して天を仰いだ。
膝の上に人を抱えながら何十回と振りかぶり全力で平手打ちをするのは普段の戦闘とは違う筋肉と精神力を疲弊させた。
自分が打った痕に視線をやる。
赤く腫れ上がるも血は滲まない。
尻より手の方が痛いんじゃないか?
感覚を失った右手の平を見ると堀川の尻と同じくらい腫れ上がり、指先は意図せず震えていた。
おいおい、と呆れる。
斬って殺すのが得意の刀剣である自分が素手で相棒の尻を疲れて使い物にならなくなるまで叩き続けたなど、和泉守にとっては笑い事だ。
「なにやってんだよ、オレらは」
笑う元気もない和泉守はなぁ国広と感覚無き右手で自身の上で転がり朦朧としている堀川の出っ張った腰骨を回転するように押す。
仰向けに転がされた堀川の寝巻きはグシャグシャに乱れて、帯だけが体に巻きついてる状態で半端に脱がされた下着が太ももを締め付ける。
手足は力無く投げ出され、局部は吐き出したもので汚れている。
肩で息しながら宙を見つめる目には光がなく虚ろだが、それは忘我によってもたらされた満足の境地で、実際に肌は色艶を増してしっとり濡れ輝いているように思えた。
着衣と身体の組み合わせがまるで陵辱されたような光景だ。
和泉守は微かに狼狽えた。
告白に至った堀川の望みが自分からの罰だと気付いたからこそ、あのような乱暴を働いたわけだが、きっかけは…。
――ゴクッゴクッ
幼いように見えてしっかりと存在する喉仏が波打ち、品があるとは言えない音をたて、唇から落ちた水滴を舌舐めずりするあの光景が。
もしかして契機を与えられたのだとしたら。

――変わったことに気付いた時にこの感情が…
堀川の告白が脳裏に浮かぶ。
それを清廉と程遠い目の前の堀川の姿に重ねる。
これが真理だ。

和泉守の体がぶるぶる震える。
噛み合わない隙間が全てピタリと埋まったような快感、興奮。
感じたことのない欲が頭を、体を支配する。
「国広…」
露わになったままの太ももに手を寄せる。
同じ位の背格好の少年より肉がつき脂肪を蓄えた下半身は弾ける寸前のようにむっちりと存在を放つ。
内腿の柔らかい肉を掴み、開くように広げると白濁が尻肉に沿って落ちて行く。堀川は無言だ。
はぁ、と腹から漏れ出る息を吐き出すと無自覚に硬くそそり勃つ自身を股引きから引き出す。
ぬめりで光沢が出た先端に戸惑う。
――なんだこれは
仰向けに横たわる堀川の上に跨り、顔の前にその先端を露出する。
「口開けろ」
唇を指先でなぞると、抵抗することなく歯を見せないように開かれた。
強い口調と裏腹に押し進むことを戸惑う和泉守の怒張に堀川はゆっくりと、まずは親指と人差し指でくびれを包むと残りの指を茎に這わした。
そのままでは届かないので肩から背中を少し浮かせて先端にぴちゅっと水滴の音を鳴らせる。
水飲みから水滴を貪るように舌先が先端の輪郭をじわじわ這う。
焦らすように輪郭だけをちゅぱちゅぱ啄むと触れられない先端からはドパドパと無色透明の体液が溢れ出る。
構図では上になる和泉守の腰が震えて、膝が崩れ落ちそうになる。このまま腰を下ろすと堀川の口内が…。
「いいよ」
心の内を見透かされたような拍子で発せられた堀川の言葉に狼狽する。
「その時が来たんだよ、兼さん」
だから、と舌を出すと両人差し指で唇の端を抑え口をあーと拡げると。
「ここにだして」
涙袋が弓なりとなり瞳に笑顔という表情をもたらす。
ゾクッと背中が一瞬凍りついたことに気づきはしたが無視して。
その穴に腰を埋める。
喉が鳴る。ゴクッ。
――ゴクッゴクッ

あの音が、喉のうねりが、舐めとる舌先の淫靡な揺らめきが。
和泉守を支配する。

「これが…?」

堀川がわざと品のない音を立てる。
――ジュポッ

騒めきが二人の点と点を繋げた。

さぁ、和泉守兼定。
今度はお前がその罪を吐き出せ。

【了】


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